名曲
昔、むかしに流行った歌、
スローモーション。
中森明菜がしっとりと歌い上げる曲に惹きつけられた。
当時は歌詞の意味を理解することもなく、
ただ、明菜の顔に見惚れて、
メロディーのテンポに酔っていた。
この歳になって歌詞を見直してみると、
なるほど。
なかなかの詞である。
恋の予感を感じる瞬間。
見ず知らずの人へのインスピレーション。
運命の相手が目の前に現れる時、
時間が止まる。
そして、物語がゆっくり動き出す。
私にもあった。
職員室で妻に初めて出会ったシーンは
今でも覚えている。
何かを直感的に感じながら、
ゆっくりとした時間に包まれている。
まさに出逢いはスローモーションである。
受験生のスローモーション
イジワルな問題に・・・・・・
受験の世界にスローモーションは禁物。
テストが配られた瞬間に問題との出逢い。
テスト用紙と見つめ合う。
「あっ、これ出来ないかも」
ドキドキしながら
おもむろに鉛筆を手に取り、
イジワルな問題にもがき苦しむ。
時の流れに身を任せながら、
解答用紙に文字を埋めていく。
出逢いはスローモーション♪
霞の中から聞こえる
微かな終了のチャイム。
うっとり聞き惚れるチャイム。
「はい、そこまで」
男性のだみ声が教室に響く。
現実に引き戻される。
あっといまに世にも恐ろしい成績表が。
テストに弱い子供はスローモーション。
実力を出し切れない。
努力の成果が出し切れない。
そんな明菜くん、明菜さんが下のクラスに溢れかえっている。
ある明菜くん
ある明菜くんの休憩時間の食事風景。
スローモーション。
食べ始める前、
机の上の教材を片付ける気配がない。
授業後の余韻を楽しんでいる。
他の人が食べ終わる頃に
おもむろに弁当を開く。
中身を見て微笑む。
お箸を握り一口、
好きな唐揚げを味わう。
いちいちコメントを。
「まいう」
他の子供はトイレを済まし
次の時間の準備に取り掛かっている。
まだ唐揚げを優雅に食している明菜くん。
突然のチャイムにびっくり。
始業の合図である。
明菜くんの弁当には手付かずのおかずが大量に。
時間がないから食べさせろとの抗議。
当然、こちらは無視して授業を開始。
もう、注意もしない。
キリがないから。
他の生徒も心得たもので
相手にしない。
半ベソをかきながら、
弁当の中身を眺める。
そして物惜しそうに蓋をして
カバンに弁当箱をしまう。
その時には他の生徒は
文章を読み終えて、
問題に取り掛かっている。
明菜くん、どこをやっているのか迷子。
百貨店ならお決まりのアナウンスが。
「迷子のお子様が・・・・・・」
泣きじゃくる迷子。
しかし、ここは場慣れした明菜くん。
隣の生徒のページを盗み見して
帳尻を合わせる。
素早く該当のページへ。
やっと落ち着く。
その後はいつもの展開へ。
夢の国へ誘われていく。
唐揚げの夢を見ているのか・・・・・
明菜さん
真面目を絵に描いたような明菜さん。
真剣に授業を聞いて
ノートをまめに写している。
ノートの字も印刷物かと見間違うぐらい
几帳面な字が並ぶ。
何色もの蛍光ペンで彩られたノート。
色彩感覚が実に素晴らしい。
そんな写真のようなノートを見ていると
スキャナーよりも優秀なんじゃないと思ってしまう。
気の利いた挿絵まで入っている。
可愛いイラストが満載。
後の世の人が
出土したこのノートを見ても
わからないことがないように
ご丁寧なコメントまで書いてある。
「ここからが難しいぞ」
「先生はここで噛んだ」
「〇〇くん、しゃべって怒られる」
貴重な歴史的裁判資料である。
ノート制作が忙しくなっている頃に
世間では問題を解いて
アウトプットに精を出している。
明菜さんにはアウトプットの時間は存在しない。
歴史資料を作るのにとにかく忙しい。
授業が終了すると教室で
自分のノートを恍惚として
眺めている。
ひまわりを描き上げたゴッホさん。
声を掛けても気づかない。
最高の瞬間なのであろう。
明菜さんの前を不思議そうな
顔をして通り過ぎる
クラスメイトたち。
明菜さんの週末のテストは多分
歴史的敗北が待っているのだろう。
学習相談という名の
歴史的対談をクラスの担当はさせられるのだろうか。
可哀想なクラス担当の先生。
家では歴史的お説教が待っている。
可哀想な明菜さん。
合格に縁がない子供達である。